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幸ちゃんの研究・開発レポート Vol_2(2003/11)

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私は魚屋の三男として生をうけ、大学卒業後には父の経営する魚屋に就職しました。
 入社当時は魚が豊富で色々な魚を店頭に並べて販売していました。28歳の時、デパート内の店長として配属されましたが、 女性の社会進出が次第に目立つようになり、店頭で売れる魚も様変わりしてきました。
 丸のままの魚では売れなくなり、加工した魚が売れるようになりました。しかし、加工する時間が多くなりバックヤードが 非常に忙しくなりました。
 早朝出勤、残業と過酷な現場へと変わりました。
 魚屋も流通業であり、今後は加工したものを店頭に並べていかなければならないと思いました。
 これが動機となり、水産加工業のジャパンシーフーズを設立するに至りました。いま商品開発は、魚屋時代の経験から、 加工に手間のかかる魚を商品化しています。しかし、創業当時は経験不足から失敗の連続で,商品を認めてもらえるまで 4年の歳月を要しました。これからも魚屋の経験を生かして、お客様の要望に即したオリジナル商品の開発をして 喜んでいただきたいと考えています。